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はじめに プロフィール 心の病をこう見てみよう―総論― 各論1、単極性うつ病 各論2、双極性障害(躁うつ病) 各論3、神経症性障害 各論3-1 心身症 各論3-2 神経症性うつ病 各論3-3 強迫性障害・依存症 各論4 統合失調症 対人関係の悩みをこう見てみよう エッセイ 日記 トラックバック おしらせ 以前の記事
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開院後も、無事になんとかやっています。 今日は時間もあったので、クリニックのブログを作ってみました。 こちらからお越し下さい。 基本的には、これからは「院長のひとり言」の方に、更新していく予定ですので、今後ともよろしくお願いいたします。
病を治したいという気持ちは勿論大切なことだとは思うのですが、その気持ちがあまりにも強い方を目の前にすると、 「ああ、この方はそれだけ、今の自分を嫌いながら生きているのだな。」 という情報の方を強く感じてしまいます。 その「一生懸命さ」を治療にいかすためには、いくらか「一生懸命さ」を手放してもらうことも必要なのですが、これがなかなか難しいんだなぁ··
「自己実現と病」をまとめようと、非公開の形で色々文面を作っているのですが、時間ばかりが過ぎていくだけで全然まとまりません。取り上げたテーマが大きすぎてしまったと反省しております。 大学は3月15日付で退職し、4月3日の開院に向けて準備を進めることになります。待合や診察室、事務の備品も次々と搬入され、残るは電子カルテくらいでしょうか。3月16日に設置工事になるようです。 建物には看板が入り、周辺の道沿いに立て看板も建ちました。看板の前を車で通るたびに、不思議な感覚に襲われます。 「さすがに、ここまでやってしまうと、今更やめるわけにはいかないよなぁ・・・」 スタートラインに立ったからには、後戻りはできないことはわかっていつつ、こんな一言をこぼしたくなってしまう私がおります。 「ここにきて、えらく後ろ向きな発言ばかりするわねぇ(笑)」 と、妻は半分はあきれているようですが、喜びや期待だけでは表現しきれない、複雑な気持ちをそのまま受け入れてもらい、とても助かっております。 うーん・・・やるしかないか。 ※クリニックの外観、内装は日を改めてアップします。
さて、前回のように「病」を捉えた場合、例えばF1カーのような車体(脳)の資質を持っている人が、「山道を走ろうとすると調子が悪くなるので、山道でも普通に走れるようになりたい」という訴えで病院を訪れたとします。ここで、患者さんの訴えに忠実に従うとすれば、治療者は患者さんの脳の資質を薬によって「殺す」必要が出てきます。F1カーのような脳を、「国産のスポーツカー」程度になるように脳の働きを鈍くすることによって、確かにその患者さんは山道でも何とか走れるようになるかもしれませんし、そうすることで治療者は患者さんにも家族にも喜ばれることもあるでしょう。しかし、このような患者さんから「いつまで薬を飲んでいればいいのですか?」と尋ねられたら、治療者はどう答えればいいでしょうか?もしこの患者さん、家族が「車というのは、山道を走れてなんぼだ」という価値観を抱き続けているのであれば、この患者さんは、亡くなるまでの間ずっと薬を飲み続けなければならないでしょう。 ところで、もしこの患者さんが「山道を走るスペシャリストになりたい」と願っており、そのように生きることを「自己実現」と捉えているとします。当然、この患者さんにとってその「自己実現」は達成されることはなく、むしろそうなりたいという強い希望を持つが故に薬を飲み続けなければならないわけですが、そこに、この患者さんの「F1カー」としての資質を存分に引き継いだ子供が生まれたとします。「俺が果たせなかった山道のスペシャリストとしての夢を、子供に託すことにしよう」・・・このように育てられた子がどうなっていくのか・・・想像すると、少し怖いですね。 別の例も考えられます。「F1カー」のような資質を持った人が、幸いにもその資質を生かせる「サーキット場」という環境の中で過ごし、大成功を収めたとします。「自分と同じような生き方をすれば、誰でも成功するに違いない。」とその人は考えていますが、子供はむしろ配偶者側の資質を引き継いで「RVカー」のような車体(脳)でした。その子に対して「自分の成功ノウハウ」を押し付けるような養育を行なっていったとしたら・・・ いずれにせよ、どちらの例も、自らの資質を選ぼうとすれば、(少なくとも片方の)親からは認めてもらえず、自らの資質とは合わない親の運転マニュアルを選ぼうとすれば、自らの資質がそれを許さないという板ばさみの苦しさを、子は味わうことになることでしょう。
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