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以前にも少し取り上げたことがあったが、今でも当たり前のようにはびこっている「良くない感情や欲求を持つと、それは行動につながってしまうので、そのような感情や欲求を持ってはならない」という価値観が、どれだけ多くの人達を追い詰めているのだろう。と、時々嘆きたくなることがある。 「感情に賛成し、行動に反対する」という言葉は、精神科医の成田善弘先生が、自殺企図やリストカット等の激しい行動を繰り返す人への関わり方として挙げていたものだが、まずはその正反対の対応(感情に反対し、行動に賛成する)が、相手に対してどのくらいダメージを与えてしまうのか、会社を辞めることで悩んでいるAに対して、職場の同僚Bが相談に応じるシーンを想像していただきたい。 A:(黙って酒を飲んでいたところ、突然)俺・・・実はさ・・・会社辞めたいなって思ってて・・・ B:えっ!?どうしたんだよ一体? A:ちょっと・・・辛くなってきちゃってさ・・・ B:ちょっと待てよ。何そんなこと考えてんだよ。そりゃあ、仕事は辛いけど、ここまで一緒にやってきたじゃないか。家のローンだって残ってるだろ? A:確かにそうなんだけど・・・ (しばらく同様のやり取りを繰り返した後) B:・・・・どうしても、その気持ちは無くならないんだ? A:・・・・そうだなぁ・・・・ B:(多少投げやりに)わかったわかった。だったら、辞めちゃえばいいじゃん。その方がお前も楽になるだろ。 A:・・・それはそうなんだけど・・・ B:(段々とイライラしてきて)どっちなんだよ!はっきりしろよ!辞めたいのか、辞めたくないのか! A:・・・・・・ このやり取りでBは、Aの「辞めたい」という気持ちを自分が受け入れてしまったとすると、Bが実際に辞めてしまうのでは、という不安を抱いたため、まずAの「辞めたい」という気持ち自体を無くそうと懸命に努力した(感情に反対した)。しかし、その気持ちが「無くならない」と判断したBは「だったらAは辞めるんだな」と考え、今度は途端に辞めるという行為を促してしまった(行動に賛成した)のである。 Aにしてみると、仕事を続けていきたい気持ちはあるものの、辛いことが重なり、会社を辞めたい気持ちが膨らんできていることに戸惑っているのであり、Bに相談したのは「辞めたい気持ちを取り除いて欲しい」というよりは、むしろ「会社には行きたいのに、行きたくない気持ちが膨らんできている辛さを、ただわかってもらいたい」という気持ちだったのだろう。 「感情や欲求を無くすこと」は不可能である。このような状況の中で、精神科医やカウンセラーは、ただ「実際に行動を起こさないで済むまで、これらの欲求、感情を和らげる」ことができるだけであり、そのための方法として、「正論を唱えて、そのような気持ちをやっつけようとする」よりも、「相手がそこまで追い詰められてしまっている状況を、自分なりに少しでもわかろうと努力する姿勢を持ちつつ、それでも行動には起こして欲しくないことを繰り返し伝える」方が、多少は効果的であることを、知っているだけである。 ここで、少しでも「わかろうとする姿勢」を取ったとすると、そんなに簡単に「対応策」など浮かぶはずもない。その場で生じてくるのは「適当な言葉が思い浮かばず、ただ流れる沈黙」であり、最終的には「・・・・でも・・・・私は、やめて欲しくないな・・・」という言葉が、搾り出すように発せられるだけである。「反対の表明」は、「命令」ではなく、むしろ「願い」あるいは「祈り」に近いものになっていることだろう。 このような状況で相手が求めているのは、「言葉」ではなく「沈黙」なのかもしれない。「自分と一緒に、答えが出るかどうかもわからない問題を、ここまで真剣に悩んでくれている」という「雰囲気」が、頑なな気持ちを和らげてくれるのである。 「治そうとするな、わかろうとせよ」 何事も、基本を身につけるのは、難しい。
by k-naruwo
| 2004-09-10 01:17
| エッセイ
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