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さて、最後に”うつ”を理解するうえで避けて通ることのできない、「自殺」の問題について説明したいと思います。 ”うつ”そのものの症状として、何故かわからず、無性に「死にたくなる」という、いわゆる「希死念慮」と呼ばれるものがあります。体験した方は、「これはおかしい、とわかっていながらも、とにかく頭の中が『死にたい』『死ね』という考えで占められてしまった。」と振り返ります。つまり、どことなく、その死にたい気持ちが「病的である」ということを、本人も感じているのです。「病的な希死念慮」と表現しても良いかもしれません。 このような形の希死念慮は、うつの改善に伴い「消える」ものですから、患者さんに対しては、「病気がさせていることだから、病気が良くなるまでは、とにかく辛抱してね。」と、「病的」であることを強調し、実行には移さないように繰り返し促します。 このような「病的な希死念慮」の場合は、いざ、行動に移すとなっても、最後の最後でその人の「健康な部分」がブレーキをかけてくれるのか、行動は起こすものの、その後自分から助けを求めてくれたりするなど、最終的には致命的な結果には至らずに済むことが多いのです。(だからといって、「安心してよい」といっているわけでは、決してありません!) しかし、”うつ”による希死念慮は、このような「病的」なものばかりではないところが厄介で、その人を実際に「死」に追い込むエネルギーがはるかに強いのは、もう1つの希死念慮の方なのです。 それは、その人の「価値観」から生じてくる希死念慮です。ここでは「病的な希死念慮」に対して、誤解を承知の上で「正常な希死念慮」と表現します。現在のうつと自殺の問題は、この「病的な希死念慮」と「正常な希死念慮」の捉え方が混同しており、それぞれに対して、きめの細かい適切な対応がされていないことも、大きな要因になっていると思います。(研修医の教育現場でも、大抵の場合、うつの希死念慮は、上記の「病的な希死念慮」の対応の仕方しか教育されていないと思います。) この「価値観」から生じる希死念慮は、単極性うつ病と、双極性障害の方ではだいぶ違いがあります。次回はその点について説明していきたいと思います。
by k-naruwo
| 2004-09-18 07:41
| 各論2、双極性障害(躁うつ病)
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