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全体 はじめに プロフィール 心の病をこう見てみよう―総論― 各論1、単極性うつ病 各論2、双極性障害(躁うつ病) 各論3、神経症性障害 各論3-1 心身症 各論3-2 神経症性うつ病 各論3-3 強迫性障害・依存症 各論4 統合失調症 エッセイ 日記 トラックバック おしらせ 以前の記事
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何か、改めて読み直してみると、前回の文章はえらくトゲトゲしかったなぁ・・・。反省します。(これも、個人的問題が大ありです・・) さて、対策です。 「火のないところに煙は立たず」という諺がありますが、相手がそのように感じたということは、自分のしぐさや雰囲気の中に「1%でも」怒りを感じさせるような、何かがあったのかもしれないと考え、まず自分のどのような仕草やそぶりに「怒り」を感じたのか、相手に聞いてみるのが定石です。ただしその際「そんなはずはない」という雰囲気で聞くと逆効果で、むしろ自分自身が「教えて欲しい」位の気持ちで聞くのがコツです。 例)「ん・・・・自分ではあまり気付かなかったけど・・・どんなところでそう感じたの?」 こう書くと、簡単なことのように思うかもしれませんが、大体の場合、はじめの「怒ってる?」の一言で”男”は多少なりとも「ムッ」ときているはずです。相手を「責める気持ち」を限りなく抑えて伝えることは、結構難しいのです。 患者さんとの関わりの中でこのようなやりとりが始まると、私は「あっ、来たな」と思います。胸から腹にかけて「何とも言えない不快感」が襲ってきます。私は「怒りというのは、実際伝染るもんだな」などと考えつつ、その不快感を「味わいながら」上記のような言葉を伝えるのです。 このように伝えた後、具体的にこちらに「いや・・眉間にしわが寄ってるから」等と答えてくれる方は、まだましです。幸運にも、このような返事が返ってきた場合は、 例)「あ、そうだった?ゴメンね。しわ寄ってたか・・何考えてたっけな・・・」 等、次のステップに移るのも簡単です。しかし、一応定石になっているから聞いてはみるものの、たいていの方は間髪入れずに、 「わからない」 と返してきます。 「・・・・・(わからないのなら、そもそも『怒ってる?』なんて聞いてくるな!!)」 と、更に「不快感」は強まり、「ああ・・・また伝染された・・・」と思うのですが、ここが辛抱どころ。返してしまったら、それこそ相手の思う壺で、「いつも怒りっぽい、○○ちゃん」の出来上がりです。更に不快感が強まることはあらかじめ承知しつつ、次のステップ 相手から指摘された時には、まだ自分の意識にはのぼってなかった「1%の怒り」を思い返し、相手に伝える 作業に移ります。 「1%の怒り」をこちらが否定すると、相手は「そんなはずはない」「何としてでも、怒っていることを暴いてやる」と、抑圧されている「怒り」を更に送り込んできます。(もちろん「無意識」の作業です)すると、自分の中の怒りはどんどんと膨らんできます。このようなやり取りが続くと「怒りを認める」ことは、あたかも「負けを認める」ような感覚になり、尚更頑なに否定し、相手はそのことを良いことに、更に怒りを送り込むという、悪循環が生じてくるのです。 大切なのは、「相手に怒りを膨らまされる前に、自分の怒り(負け)を認めてしまう」ことです。 例)「うーん・・・そういえば・・・・あの時、今日の会議で(苦手な)○○さんと顔合わせるんだよな、なんてこと考えてたかも。それが顔に出ちゃったかな。ゴメンね。でも、君、鋭いね。びっくりだなぁ・・・」 この話の内容は、できる限り「嘘」がないことが重要です。思い返してみて、怒りを感じた対象が相手だったのだとしたら、やはりその点は正直に伝えた方がよいのです。 例)「うーん・・・・そっか。そういえば、今日の朝食、いつものコーヒーがちょっとぬるくて、すっきり目が覚めないなぁ・・・なんて思ってたわ。君に伝えれば良かったことだったんだけど、その位は別に言わなくていいかな、って思って黙ってたんだけどなぁ・・・顔に出ちゃってたんだね。ゴメンね。明日は、いつものように熱めの、頼むね。」 このように伝えてしまえば、これ以上相手は「怒り」を送り込めなくなってしまうのです。(それでもまだ相手が突っかかってくる場合は、ひょっとすると相手の方の対人関係の水準は、「病気」レベルかもしれません。もちろん自分の伝え方に何の問題もなかった上でのことですが・・・) こんな些細なことなのですが、これがなかなか難しいのです。 この背景にあるのは 「相手を好きであること、あるいは、相手を愛すること」 ∥ 「相手には、一切怒りや憎しみの感情を抱かないこと」 と、勘違いしている人があまりにも多いことです。 男性は男性で、「怒ってる?」と聞かれた時点で「こんな些細なことで『怒っている』と認めてしまったら、『愛していない』と思われてしまうかも。」と考え、そのような気持ちは「伝えないこと」が良いことであると考え、 女性は女性で、相手にそのようなものを求めているため、まさか自分自身が相手に怒りや憎しみなど持つ「はずはない」と思っており、自分の中に沸いてきた感情は、意識に上る前に相手に押し付けてしまう(投影してしまう)のです。 (もちろん、男性・女性逆のケースもあります) 私は、このようなやり取りが生み出される「諸悪の根源」は、「怒りや憎しみの感情を持つと、行動に移してしまう。だから、怒りや憎しみの感情は持ってはならない」という、とんでもない価値観が未だ大々的にまかり通っていること、だと思っています。 大切なのは、感情を「持たない」ことではありません。「持ちつつも、行動には移さないこと」なのです! (贅沢を言えば、そのようなエネルギーを建設的な方向に有効利用することです。) そのためには、自分の中に生じてくる「不快感」とどれだけ付き合っていられるかが大事なのですが、この話はまた後に回したいと思います。(追記:神経症性うつ病の項目で、取り上げられています) 「甘えの構造」で知られる土居健郎先生が、「殺意を抱かないような夫婦は、本当の夫婦ではない。」といった類のことを言っており、以前は「何のこっちゃ」と思っていたのですが、この言葉の意味が理解できた現在、何よりも怖いことは、「表面的には一切殺意があることを知らずに、無意識下ではお互いに殺しあっている人間関係」があまりにも多いことです。
by k-naruwo
| 2004-08-12 22:43
| エッセイ
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